ソロバンドックとよばれた日本の造船所発祥の地がこの「小菅修船場跡」です。
1868年(明治元年)12月、薩摩藩の小松帯刀、五代友厚と「グラバー商会」トーマス・グラバーらが計画して造られた日本初の西洋式ドック。長崎製鉄所の付属施設を経て、1884年(明治17年)に三菱所有となり、現在の三菱重工業長崎造船所の基盤となったようです。
蒸気機関(英国から輸入したボイラー、堅型2気筒25馬力の蒸気機関、歯車曳揚げ装置が設置)を据え付けた曳揚げ小屋内の歯車を蒸気で回し、回転力を曳く力に換え、1,100トンまでの船を陸上へあげる事ができたと記されています。
やがて軍艦や商船などの建造が大型化していくとともに、曳揚げ等が厳しくなり1953年に閉鎖になりました。
ここを訪れて撮影した2012年当時は、国の史跡としての扱いでしたが、その後、2015年に「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成資産として世界遺産に登録されました。
2012年05月04日撮影